初期う蝕からう窩形成への進行は、脱灰と再石灰化のバランスの乱れで起こります。ディスバイオーシスの状態となったプラーク細菌叢が酸をどんどん産生し、脱灰を進めます3。 一方、歯面表層のカルシウムイオン、リン酸イオン、フッ化物イオンはエナメル質の再石灰化を進めます。初期う蝕の再石灰化は、pHが臨界pH(エナメル質:pH5.5、象牙質:pH6.2-6.5)を上回ると、唾液中にもともと存在するカルシウムイオン、リン酸イオンによって自然に起こる現象ですが、フッ化物イオンやその他の有用な物質が存在することによってその反応が促進されます。近年開発が進んでいるセルフケア商品には、このようなフッ化物以外の物質を添加して再石灰化促進作用を期待したもの(次ページ参照)や、根面う蝕予防に特化したもの(P.52参照)が多くみられます。 昭和のセルフケア指導戦略は、主に上記の①~③が主体でした(「Keyesの輪」は第3回[4月号P.68]参照)。しかし、これらの手段を用いても、唾液分泌量減少などの他のリスクファクターが存在すれば脱灰は発生します。そのため、近年この3つに加えて、上記の④~⑦のような方法が開発され、上市されています。次ページよりそれぞれ解説します。 ただし、近年開発されたいくつかの新しいう蝕予防戦略については、その臨床的可能性を保証するエビデンスはまだ不十分であることも指摘されています4。う蝕予防のエビデンスを得るためには長い期間の追跡調査が必要であること、また、企業が自社製品を用いた臨床研究を実施しようとした場合、巨額の費用が必要となることもエビデンスが不十分である一因であると考えられます。August 2022 vol.4647歯面に長時間発酵性糖質が滞留するような食品(飴、チョコレートなど)の摂取制限により、悪玉菌が酸を産生するための材料を手に入れにくくする。それにより、プラークの酸性度が臨界pHを下回る時間帯を短縮する。歯質の耐酸性を強化する。再石灰化を促進する。悪玉菌が解糖系(発酵性糖質から酸を作り出す経路)で使う酵素の活性を阻害する。プラーク細菌数を減少させる。食餌由来の発酵性糖質を除去する。悪玉菌が増えかけたプラークを善玉菌主体の状態に戻す。フッ化物に加えて、フルオロアパタイト形成の材料となるカルシウムイオン、リン酸イオンを歯面に供給する。唾液分泌障害によって口腔内のpH緩衝能を失ったケースでは、食後長時間、脱灰を起こす酸性に傾いたままになってしまう。そのため、プラークのpHを素早く中性に戻す洗口剤を利用する。無糖ガム(特定保健用食品)の咀嚼によって、唾液分泌を促進し、自浄作用を亢進する。開口状態の象牙細管に蓋をするタイプの知覚過敏用歯磨剤を用い、象牙細管内への酸産生菌の侵入を阻止する。①健康的な食生活を指導する(主としてKeyesの輪の「環境」要因に対応)②フッ化物含有歯磨剤/洗口液を使用する(主としてKeyesの輪の「個体」要因に対応)③頻繁なブラッシングを実施する(主としてKeyesの輪の「病原」要因に対応)④フッ化物+αで再石灰化をさらに促進する➡次ページ参照⑤口腔内のpHをコントロールする⑥咀嚼刺激によって唾液分泌を促進する⑦象牙細管を封鎖し根面う蝕を予防する➡P.49参照➡P.50参照➡P.52参照セルフケア指導戦略再石灰化を促進させる昭和のセルフケア指導戦略令和のセルフケア指導戦略
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