甘利佳之 口腔内スキャナー(以下IOS)が普及する以前の、PVS(ポリビニルシロキサン:polyvinyl siloxane)を用いて印象採得を行っていた時代、アライナー矯正治療は歯科矯正学をよく学び、ワイヤー矯正治療を行っていた矯正歯科医と一部の一般歯科医の治療手段でしかないものであった。現在、IOSの普及によって著しく発展・進歩したアライナー矯正治療は、多くの矯正歯科医や一般歯科医にも矯正歯科治療、そして治療終了後の後戻りに対するリカバリー治療を行うことができるものとなった。 ツールやソフトウェアの進歩は著しいものではあるが、われわれ歯科医師の歯科矯正学に対しての知識はどうであろうか。歯科医師は、歯科矯正学という学問を大学の授業では学ぶが、卒後には矯正歯科の治療計画、治療法、治療手順というものをまったく学ばないままでいる。病院の矯正歯科や矯正歯科のある開業歯甘利佳之甘利佳之 AMARI Yoshiyuki, D.D.S. ,Ph.D.アマリ歯科•矯正歯科•口腔外科クリニック 〒164-0011 東京都中野区中央2丁目1−2 中野坂上吉田ビル2F 連絡先 E-Mail: 4618adcdent@gmail.comJournal of Aligner Orthodontics 日本版 | 2024 vol.4 issue 3キーワード 開咬、顎関節症、アライナー矯正治療、後戻り、再矯正治療科医院における、座学ではない、生きた一連の検査診断項目を実際に学び身につけるという経験を欠いているのが現実である。 一般歯科に関しても、大学では学ぶことのなかった範囲や項目の多さを卒後に知るという経験があろう。矯正歯科においても同様で、大学で学を修めたあとにおいても学んでおかなければならない項目があると、筆者も痛感することがある。歯科矯正学においては規格的な基礎資料の採得が必須かつ重要となる。得られた資料から検査診断を行うわけであるが、本報では、そこで顎関節の検査診断を省いてしまったために、治療期間と治療方法にトラブルを抱えることとなった症例について供覧・解説したい。 患者は41歳女性で、2019年6月、「顎と左下の奥歯が痛い」との主訴で来院した。中学生時代に小臼歯4本抜歯をともなう唇側ブラケット矯正装置を用いた矯正歯科治療を受けており、口腔内を確認すると、前歯部開咬で上下顎左側第二大臼歯のみが咬合接触しており、上顎口蓋側咬頭と下顎遠心頬側咬頭に著しい咬耗49日本版オリジナルページ症例報告緒言症例顎関節症をともなう開咬患者にアライナー矯正治療を行った一症例
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