有病高齢者歯科治療のガイドライン 下
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第20章うつ病患者の歯科治療しのつかないような悪いことをした,警察に捕まるのではないか」という罪業(ざいごう)妄想を抱く患者がいるし,「死にたい,いっそ事故に遭って死んでもよい」と思う希死念慮,具体的な方法で自殺したいと思う自殺念慮,自殺しようと思い,実際に自殺を企てる自殺企図の患者もいるので注意が必要である.ちなみに心気妄想,貧困妄想,罪業妄想をうつ病の三大妄想という.2)口腔内清掃状態に対する注意 うつ病になると,ほとんど毎日のように抑うつ気分になり,ブラッシングに対する気力,やる気が著しく減退し,思考力や集中力が低下してしまう.全身倦怠感や易疲労感をほとんど毎日認め,睡眠障害により中途覚醒や早朝覚醒が起これば生活パターンが不規則になり,どうしても食後のブラッシングが不規則になり,口腔清掃状態が悪くなる.口腔内を清潔に保ちたいという意欲も減退する.さらに,抗うつ薬の抗コリン作用により唾液分泌が減少すれば,プラークや歯石が付着しやすくなり,う蝕や歯周病の原因となる. 歯科医師,スタッフは,うつ病患者の気持ちをよく理解したうえでブラッシング指導を行わなければならない.患者自身によるブラッシングが十分でない場合は,歯科医師やスタッフが定期的に口腔内清掃を行わなければならないこともある.3)口腔顎顔面痛に対する注意 うつ病患者では身体の各部位に痛みを訴えることがあるが,口腔顎顔面領域においても,歯科的な病変が存在しないのに歯痛,舌痛,顔面痛,口腔痛,顎関節痛などを訴えて歯科医院を来院することがある.そのような場合には精神神経科とコンタクトをとり,抗うつ薬などの薬物療法を検討する必要がある. しかし,今まで精神科を受診したことがない患者では,精神科への紹介状を渡しても精神科というその科名に抵抗を感じて,受診を拒否するかもしれない.そのような場合には,うつ状態を示唆するような他の症状を聞きだし,その症状と歯痛などが関係ある旨の説明を行い,メンタルクリニックや心療内科への受診を勧める.どうしても無理なら大学病院か大きな病院に紹介する.4)抗うつ薬の副作用に対する注意 抗うつ薬服用患者は歯科治療中に循環動態変動をきたしやすいといわれている.しかし,これらの副作用が強く表れるのは三環系抗うつ薬であり,SSRI,SNRI,NaSSAでは少ない.最近は主として新しい抗うつ薬が処方されるので,歯科関連の副作用は少なくなったといえる. したがって,歯科治療において副作用が問題となる抗うつ薬は三環系抗うつ薬のみである.(1)三環系抗うつ薬①起立性低血圧 抗アドレナリン作用により起立性低血圧を起こしやすいので,日頃から立ちくらみのある患者では,デンタルチェアの背板操作を緩徐に行い,チェアから降りて立ち上がる時には,転倒しないようにスタッフが身体を支えるなどの配慮が必要である.121

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