QDI 2015年7月
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裁判例から学ぶインプラント医事紛争の傾向と対策はじめに1 インプラント治療の紛争において下顎の事故が圧倒的に多いことはすでに連載第4回で指摘した。今回検討するのは、インプラント手術による死亡事故について刑事処罰が下された事例である。筆者らが主催する東海歯科医療紛争研究会も含め、すでに多くの場で検討されてきた事案であるが、最近、高裁判決が下されたこともあり、本連載の最後を飾る検討事例として適切と考える。また本事例は、医療法が改正された今日、インプラント治療関連死のみならず、将来における歯科医療による死亡事故の処理のあり方を考えるうえでも参考となるであろう。 事案はきわめて単純であり、死亡事故としては実は比較的簡単な事例である。本件を解剖した者の見解によると、「歯科医師が局所麻酔下で右下小臼歯部の埋入術中を行っていたところ、患者が激しく体動する。同部からの出血と口腔底の著明な膨脹、血圧の低下を認めたため、術者はただちに口腔底の圧迫止血を行ったが、短時間内に意識消失および心配停止状態となる。閉胸心マッサージ、AEDを行い、救急車を要請。搬送病院で蘇生処置を施すも、永眠」となっている1)。 本件はインプラント手術に起因する死亡事例として2007年5月22日に発生し、紛争はまず民事事件となり、死亡患者の遺族からの損害賠償請求訴訟として提起された(2008年)。提訴から3年後に和解が成立し(2011年6月27日)、患者の年齢(70歳、女性)を考えると異例とも思える和解金額により決着し(5,935万5,137円)、訴えは取り下げられた。被告歯科医師には事後の刑事許追を免れようとする意図があったのかもしれない。 しかしながら予想に反し、2011年10月3日、東京地検は当該歯科医師を業務上過失致死罪(刑法211条)で起訴した。その結果、東京地裁が2013年3月4日に有罪判決を下した(禁錮1年6ヵ月、執行猶予3年)。その後、本件は控訴され、東京高裁は2014年12月26日に控訴を棄却している。それぞれの争点と判決内容は次ページの表のとおりであるが、1審と2審では争点が異なっている。おそらく担当の弁護人が変わったせいであろう。第6回 インプラント手術による死亡事故と刑事処罰の結末植木 哲1、2、4/永原國央3、4朝日大学法学部教授1、千葉大学名誉教授2、朝日大学歯学部口腔病態医療学講座インプラント学分野教授3、東海歯科医療紛争研究会42015年7月現在2014年12月 26日2013年3月4日 2011年10月3日2011年6月27日2008年 2007年5月22日都内歯科医院にてインプラント手術に起因する死亡事故発生(患者は70歳、女性)死亡患者の遺族より損害賠償請求訴訟として提訴和解金額5,935万5,137円にて和解が成立東京地検が当該歯科医師を業務上過失致死罪で起訴東京地裁が被告に対し禁錮1年6ヵ月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡す。被告は即日控訴東京高等裁判所が控訴を棄却引き続き係争中インプラント手術による死亡事故の民事・刑事裁判の経緯裁判例から学ぶインプラント医事紛争の傾向と対策Learn The Basics of Implant 裁判例から学ぶインプラント医事紛争の傾向と対策141─Vol.22,No.4,2015633
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