3演者論202第7回上顎臼歯部における硬・軟組織マネジメント テクニック編文 前回は上顎洞底挙上術について、その有効性と、難度を高める特徴について検討した。本稿では上顎洞底挙上術に必要な耳鼻科的な基礎知識と、術式について解説したい。 上顎インプラント術後の急性副鼻腔炎のリスクファクターに関する近年のメタ分析では、術後の急性副鼻腔炎の有意なリスク因子として「術前から存在する副鼻腔炎」と「上顎洞粘膜の術中穿孔」が挙げられており、前者のオッズ比は21.21、後者は2.86であった1。本邦でも、術前副鼻腔炎の存在は半分の症例で術後感染を引き起こし、さらにはインプラント喪失となったと報告されており、「術前から存在する副鼻腔炎」は術後の感染(オッズ比16.7)と術後インプラント喪失(オッズ比13.0)の有意なリスク因子であったと総括している2。 術前から存在する副鼻腔炎は、なぜこれほどまでに大きな影響を及ぼすのか。その点を理解するためには、まず上顎洞底挙上術施行後の上顎洞粘膜の自然経過を知る必要がある。CBCTによる上顎洞底挙上術後の上顎洞粘膜の経時的変化を詳細に分析した報告3〜5によると、術直後より徐々に上顎洞粘膜の腫脹は強まり、術後1週では著明に上顎洞粘膜が腫脹し、3分の1程度の症例では上顎洞自然口の一過性の閉塞所見を認める。しかし、その時期をピークに上顎洞粘膜の腫脹は徐々に軽減し、3〜9ヵ月後には術前と同程度まで軽減する(図1)。この術後粘膜腫脹の程度は個人差が大きく、複数の要因の関与がありうるが未知な点も多い。ときに上顎洞隔壁の存在は腫脹の程度を軽減化する可能性がある(後述)。 これらの報告にある一過性の自然口閉塞症例の多くは、派手な上顎洞内の陰影にもかかわらず上顎洞炎症状をほぼともなわずに自然経過し、最終的には上顎洞の粘膜腫脹は消退した。ただし、これらの検討では術前の時点で明らかな副鼻腔炎をともなう症例が除外されていることに配慮しなければならない。つまり、上顎洞底挙上術後の一過性の自然口閉塞はそれほど恐るるに足りないが、術前に副鼻腔炎が確実に除外されていることが大前提となる。その前提を守らなかった場合には、上顎洞底挙上術後の深刻な上顎洞炎は一定の確率で起こりうる。 しかし上顎洞底挙上術後に副鼻腔炎に至るか至らないか、その大きな岐路は後述する篩骨洞、特に「篩骨漏斗」の開通性“patency”で決まる。上顎洞底挙上術にともない上顎洞に強い腫脹や炎症が起こっても、その下流の篩骨漏斗のpa-tencyに問題がなければ上顎洞からの排泄機能は保たれるため、上顎洞炎を発症せず沈静化するという自然経過を辿る。ちなみに、この“patency”という言葉は“patent”(特許、パテント)と語源を同一にしており、ラテン語の“pa-tere”(開かれた)、インド・ヨーロッパ祖語の“pete”(広げる)に由来する。特許とは発明者に特別な権利を与えつつ「公118118Quintessence DENTAL Implantology─ 0118AdvanceAdvanceはじめに上顎洞底挙上術後の上顎洞粘膜の自然経過インプラント治療のための硬・軟組織マネジメント 石川知弘 Tomohiro Ishikawa荒木康智 Yasutomo Araki東京都:鼻のクリニック東京(耳鼻咽喉科医)静岡県開業:石川歯科
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