QDT Vol.48/2023 January page 0105105第1回 義歯治療のありかたについて考えさせられた症例【初診年月】2013年7月【治療終了年月】2019年10月【症例の概要】患者は88歳(初診時)、男性。「義歯が合わず、食べられない」とのことで、新義歯製作を希望し来院。すでに当院に通院していた奥様からの紹介であった。88歳と、平均的な男性の健康寿命を大きく超した高齢であったが、洞不全症候群により、ペースメーカー植込手術後であること以外の特記事項はなく、比較的健康であった(図1)。認知機能のこの症例を選んだ理由ケースプレゼンテーションど製作できるはずがなく、必要性に迫られる形で義歯治療の勉強をすることとなった。松本勝利先生(福島県開業)をはじめ、村岡秀明先生(千葉県開業)、阿部二郎先生(東京都開業)、河原英雄先生(大分県開業)などな 筆者に分岐点が訪れたのは2016年である。それまでの6年間で多くの義歯を製作し、患者満足も得られるようになり、義歯治療にそれなりの自信をもった頃であった。この頃の筆者は義歯治療を過信し、また、勘違いしていた。 義歯治療においては精密な操作を行い、患者の現状に適応させた義歯を完成させることがとくに重要で、それが義歯完成後の患者が「食べられる状態」を維持されるものと考えていた。つまり端的にいえば、良い義歯を製作し、機能させられれば、その状態が割と簡単ど、その他にも多くの先生のコース・セミナー・講演会などに参加し義歯治療について教わり、研鑽を積んできた。今回は、そこで得られた筆者の分岐点となる症例のひとつを供覧させていただく。に維持できると考えていた。 だが、実際はそうではなかった。なぜなら義歯治療の対象者の多くは高齢者であり、高齢期は口腔内だけでなく全身も含め、ずっと安定している場合は少ないからである。高齢者への義歯治療においては、義歯完成がゴールではなく、むしろ義歯完成がスタートともいえ、そこからの歯科との関わりかたにより、患者のQOLが大きく変化すると現在は考えている。今回はそれを強く感じさせられ、自身の義歯治療観が大きく変わるきっかけとなった症例を示し考察する。低下は認めず、日常動作も自立しているため、介護は必要なく、夫婦で2人暮らしをしていた。夫婦仲がとても良いのが印象的で、家が近所なこともあり、歯科受診の日は2人でいつも一緒に歩いて通院されていた。口腔内は10年以上前から無歯顎で、上下総義歯を使用しているが、ずっと調子は良くなく、それでも今まで何とか使用してきたが、「最近はとくに調子が悪いため、どうにかしたい」とのことだった。
元のページ ../index.html#6