私の分岐点:この症例 卒業したばかりの筆者にとっては、ブラケットの装着やワイヤーの結紮も経験していなかったため、すべて難しいことばかりであった。MTMをする症例としては、下顎第二小臼歯の舌側転位歯の整直(upright)、下顎第一大臼歯の近心傾斜の整直、保存困難な残根の挺出(extrusion)と前歯部の叢生(crowding)症例に限定して取り組んだ1。【初診年月】1986年10月【治療終了年月】1987年4月【初診時】 患者は48歳、男性。大学病院内で他科の歯科医師より₅の抜歯の是非について相談された症例である。 ₆は欠損しており、₅は舌側転位している(図1)。紹介医は、その状態のまま補綴するのは難しいことから、₅を抜歯するか、抜髄して歯列に沿わせた形のいびつな支台築造をするかという点に苦慮していた。そこで矯正に詳しい歯科医師に相談したとこ48症例1【卒後ごく初期】 舌側転位をともなう欠損歯列にMTMとブリッジで対応した症例QDT Vol.48/2023 May page 0652この3症例を選んだ理由ケースプレゼンテーション 筆者の臨床経験の中でどうしても修得したいと思っていたのは矯正歯科治療を含めた補綴治療であった。今回選んだ3症例は、卒後すぐに始めた症例、10年ほど経験してから取り組んだ症例、その後診療の考え方をイチから学び直してから取り組んだ症例である。 最初の症例は、とにかく歯に力をかけると動くんだ!ということを試した段階であり、とにかく闇雲に、どうなることかとヒヤヒヤしながら取り組んだ。2症例目は、保存修復の研究や勉強をしながら、当時言われ始めた審美治療を意識して新素材であったオールセラミックスやハイブリッドセラミックスを使って最終的な咬合再構成に至った症例。最後の症例は、それまでに不足していた検査・診断のプロセスを学んでから取り組んだ症例である。検査・診断なき治療を振り返ると本当に我がことながら恐ろしい限りである。ろ、MTMで₅を歯列に戻して保存してから、永久保定を兼ねた補綴としてブリッジで対応すればポンティックも小さくて済むため、MTMとブリッジを適用することを提案された。【治療経過】 アドバイスしていただいた歯科医師により、石膏模型上に位置付けたブラケットおよびワイヤーを製作してもらい、一塊となった装置を接着ブリッジのような形で歯に装着した(図2)。舌側転位歯とはパワーチェーンで結び、2週ごとにエラスティックの交換を続けた(図3)。約3ヵ月後に₅は歯列内に並
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