ザ・クインテッセンス 2016年2月
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北海道大学大学院歯学研究科口腔健康科学講座高齢者歯科学教室連絡先:〒060‐8586 北海道札幌市北区北13条西7丁目山崎 裕1.はじめに 今から10年前,筆者が勤務する大学病院の歯科外来に味覚異常を訴えて受診する患者は,年間で数えるほどしか来なかった.そのため,味覚障害に誰も関心を示さず,十分な診察をせずに耳鼻科などの医科への受診を勧めるか,亜鉛を多く含んだ食品を取るように指示して様子をみてもらう程度の対処しか行われていなかった.味覚障害は主に高齢者に生じるため,その後のわが国の超高齢社会を背景に,患者数は着実に増加し,一般歯科開業医の先生方も接する機会が増えていると思われる. しかし,従来から歯科医師にとって味覚障害は,冒頭で述べたように興味の少ない苦手な分野であった.その理由として,味覚障害は直接生命の危険にかかわる疾患でない,診断と治療は体系化されていない,不定愁訴の多い患者が多い,すっきり治る患者は少なく治療の手ごたえがない,検査が煩雑,味覚障害に対し唯一有効とされる亜鉛の補充療法として本邦で投与可能なポラプレジンク1は,歯科の保険適応はなく投与できない,嗅覚障害や中耳・扁桃腺の術後の合併症による味覚障害は歯科では対応できない,などが挙げられる.しかし,平成23年からポラプレジンクに対する味覚障害の適応外使用が,認められるようになった.また,味覚障害の原因は従来,亜鉛欠乏の関与が一般に広く知られているが,実は口腔カンジダ症,口腔乾燥症,舌炎といった口腔疾患も多くを占め,適切な対応でこれらの味覚障害は改善する2.またう蝕,歯周病,義歯不適合などの口腔疾患が間接的に,味覚障害に影響を及ぼすことも多い.それに対し,嗅覚障害や耳鼻科疾患の手術後の合併症による味覚障害は頻度的には低い.したがって現在,多くの味覚障害は歯科で対応可能である. 近年,高齢者の味覚異常は,食事がおいしくないため食欲低下を招き,さらには栄養不足から体調不良に陥ることで要介護につながることが指摘されている3.味覚障害は生活習慣病であり,おいしさは主観的な感覚であり,栄養状態,食事の雰囲気,環境,生活習慣,嗜好,食体験などさまざまな要因が関連する.超高齢社会を背景に今後,ますます増加する味覚障害の診断と治療原因・診断編臨床力!137the Quintessence. Vol.35 No.2/2016—0387
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