わが国で自家歯牙移植がブレイクスルーを迎えてから約30年が経過した.筆者がコペンハーゲンのDr. Jens O Andreasenのもとを訪ねたのは1992年6月である.外傷歯と歯の移植学に興味を抱いた筆者は,その2つの分野で「父」と呼ばれる彼のもとを訪ねた.おりしも,彼が執筆中の「Atlas of replanta-tion and transplantation of teeth」(Saunders出版)の試作原本(草案本)に出合い,思いがけず彼から翻訳出版の許可をいただき,その本を日本へもち帰ることができた.友人たちの協力でわずか6か月で翻訳出版(カラーアトラス 歯牙の再植と移植の治療学:クインテッセンス出版,1993)に漕ぎ着けた.同時にDr. Andreasenを招聘して,自家歯牙移植に関する出版記念講演会を開催した.これが,わが国での自家歯牙移植のブレイクスルーになったと感じている. あれから30年,果たしてこの治療法は現在わが国でどのように位置づけされているのであろうか.インプラントというきわめて予知性の高い術式が確立されつつある現在,欠損補綴において移植に期待される役割は多くはない.むしろ,当初の期待の大きさに比べ,術後経過が思わしくないことに失望を感じている臨床医も少なくないかもしれない. 一方,世界に目を向ければ,自家歯牙移植は1950年代初頭に最初のブレイクスルーを迎えた.う蝕に侵された第一大臼歯を歯根未完成の智歯(ドナー歯)で置き換える移植はドラマティックであり,多くの歯科医師を魅了した.しかしながら,成功率の低さ(約50%)からあえなく歯科治療のオプションから置き去りにされてしまうことになった.当時の失敗の原因は,自家歯牙移植に関するバイオロジーの欠如によるところが大きいと思われる.しかし,Dr. Andreasenらを中心とするグループの臨床および動物研究成果の進展とともに,自家歯牙移植は徐々に学問として,また歯科治療オプションとしての地位を築いてきた.そして現在,自家歯牙移植は世界中で再び注目を集めている. 本報で論ずる「歯の移植」とは「自家歯牙移植」のことである.自家歯牙移植とは,「同一口腔内において歯を外科的に移動させる治療法」を指す.また「バイオロジー」とは,おもに「移植における創傷の治癒」を指す. 図1aは,舌側へ傾斜萌出してきた₅(歯根未完成歯)の抜歯を希望して来院した16歳の女子である.反対側には,₅のブリッジが装着されており,₅は先天性欠損である(図1b).そこで,₅を₅部へ移植することに多くの利点があると考えた.利点としては,天然歯による歯列の連続性の回復,ブリッジの回避,審美性の改善などが挙げられる.欠点としては,成功率が100%でない点である.失敗すれば,外科処置を受けたダメージだけが残る.総合的に判断すれば,得るものが失うものよりはるかに多い.患者と保護者にこのことを説明のうえ,同意を得て移植を行った(図1c~e).移植歯は25年間機能と審美を維持しているが(図1f~j),歯根未完成の移植では術後2年の間に,「歯根膜の治癒」,「歯髄の治癒」,「歯根発育」が完結していくことを観察できる(図1e~h).この他に移植では,「歯槽骨の治癒」が期待でき,逆に移植の失敗につながる歯根吸収の問題がみられることがある.これらのバイオロジーを理解することが,移植を成功させるために必要不可欠となる.the Quintessence. Vol.40 No.11/2021—273583エピソード8:歯の移植が正義になるために1)歯根膜の治癒 歯根未完成歯,完成歯に関係なく,移植治療における成功へのもっとも重要な要因は歯根膜の治癒である.エピソード3の脱臼性の外傷で考察したように,抜けた歯はすぐに戻せば助かる.このときに成否を左右する要因は,抜けた歯に付着している歯根膜の生死である.移植でも,移植歯に付着して歯根膜が治癒の成否を決定する(図2).移植床(受容側)1.ブレイクスルー2.バイオロジー
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