ザ・クインテッセンス 2022年1月号
10/11

分の歯科医師としてのパフォーマンスを発揮できるのは診療室の中であり,そこでしっかり診療を行っていくことが,歯科医師としての自分の務めであると考えていた(図1). 訪問診療を行うのであれば,摂食嚥下のことも理解しておかなければならないが,われわれ世代の歯科医師は,教育のなかでは学んでおらず,そこにも1つのハードルを感じ,訪問診療はその分野を得意とする歯科医師に任せておけばよいのではないかと考えていた. そんな時,プライベートなことで恐縮だが,父の死を経験した.ある日,体調不良でかかりつけ医を受診したところ,胃からの出血があるということで紹介された病院で入院加療することになった.順調に回復していったが,退院直前に発熱し,肺炎症状があるため誤嚥性肺炎を疑われて禁食になり,そこから急速に体力が低下して数か月後に85歳で亡くなってしまった.自分の足で歩いて入院し,手術などを受けたわけでもないのに,口からの栄養摂取を禁じられ,体力が急激に低下して亡くなっている. 後に摂食嚥下のことを学び,医科の医師を含めた他職種の方がたと交流するようになって得た知識から病状の変化を考えると,病院側が短絡的に口からの栄養摂取を禁止したことで,医原性サルコペニアとなり餓死状態になっていたのではないかとも推測される.しかし,その時点では筆者自身に摂食嚥下の知識がほとんどない状態だったために,病院側の対応に意見や希望を伝えることができず,今から考えれば,口から栄養を摂ることができなかったことが死期を早めてしまったのではと悔やんでいる. 地方の農家の次男として生まれ,筆者が歯科医師になったことを一番喜んでくれていた父の最期に,なんの力にもなれなかったことを後悔し,このまま摂食嚥下のことを学ばずにいることは許されないと感じて,積極的に摂食嚥下関連の勉強を始めるようになった. ちょうどその頃,筆者が開業している地区に民間の法人が特養を建設し,オープンすることになった.いきさつの詳細は割愛するが,地域の歯科医師会がこの特養の歯科を担当することになり,入所者約120名という大規模な特養のため,歯科医師会から嘱託医が複数名募集された.役に立てるような力がないことはわかっていたが,筆者の診療室に通院していた患者さんが入所することもあるだろうし,摂食嚥下を勉強するよい機会になるだろうと思い,応募することにした.地域で訪問歯科診療を積極的に行っていた同じ地区に開業する鈴木英哲先生が歯科の代表者としていることも,心強い存在だった.図1 自分の歯科医師としてのパフォーマンスを発揮できるのは診療室の中であり,そこでしっかり診療を行っていくことが,歯科医師としての自分の務めであると考えていた.the Quintessence. Vol.41 No.1/2022—0137137

元のページ  ../index.html#10

このブックを見る