兼松:1990年代に入り、歯科においては糖尿病や全身疾患と歯周病とのかかわりが注目されるようになり、基礎研究と臨床研究がこれまで進められてきました。日本では、この間平均寿命は大きく延びたものの健康寿命との差は縮まらず、「人生の最終段階をいかに豊かに生きるか」という問題への関心が高まりました。そこで「健康寿命を延ばして不健康な状態をいかに短くするか」という問題に取り組もうと、さまざまな研究が歯科で始まっています。 医学が「生命の医学」といわれるのに対して、歯学は「生活の医学」といわれています。高いQOLを維持しながら健康寿命の延伸を享受するために歯学の貢献が強く望まれることから、本学では2016年にOBT研究センターを設置。脳科学研究を含め口腔から全身の健康をコントロールする分野横断的な研究の推進が図られています(図1)。 患者さんは医学と健康は容易に結びつくかと思いますが、歯学と健康はあまり結びついていないのが現状です。予防医学の重要性とともに口腔から始まる健康への寄与として、医学と歯学の協働による21世紀の健康常識の確立を目指した情報発信が、大学における研究の使命と考えています。これからは「自分の健康は歯科医師に診てもらう」という概念を広めていきたいのです。 口腔炎症による認知症の発症や増悪の研究が、本学の研究成果として世に発信されてきました。現在、この研究に性差の概念をもち込み新たなる研究展開を試みています。健康な口腔機能の維持は、脳の健康・全身の健康に深くかかわります。「口腔から考える健康戦略」の考え方を発信し、「生活の医学」としての歯科の重要性を広く国民に周知していただくためにも、オーラルフレイルを克服する臨床・基礎研究は欠かせません。8020運動を基軸として歯科界から「健常な時から始めるフレイル予防のための新たな国民の健康づくり戦略」に向けた取り組みを押し進めていく所存です。兼松 隆かねまつ・たかし九州大学大学院歯学研究院口腔機能分子科学分野教授4QUINT ORAL INFORMATIONクイント・オーラル・インフォメーション 昭和から平成の始まりにかけて平均寿命が大幅に延び、1990年代中頃の医学界では「生活習慣病」という言葉が台頭しました。同時期に歯科界では、歯周病が全身疾患に影響することが明らかになりつつあり、近年においては「口腔の健康は全身の健康の維持に重要である」という考え方が広く世間に浸透してきています。 そのような時代のなか、口腔機能(Oral health)→脳機能(Brain health)→全身の健康(Total health)を包括的に科学することをコンセプトとして、九州大学大学院歯学研究院は2016年にOBT研究センター(自見英治郎センター長)を設置し、口腔から全身を科学することをミッションに掲げた基礎・臨床研究への取り組みを開始いたしました。 今回は、歯科と全身疾患との関連および直近の研究について兼松隆氏(九州大学大学院歯学研究院 口腔機能分子科学分野教授)、荻野洋一郎氏(同大学院歯学研究院 クラウンブリッジ補綴学分野准教授)、溝上顕子氏(同大学院歯学研究院附属OBT研究センター准教授)にお話をうかがいました。 (編集部)図1 OBT研究センターが掲げる理念。九州大学大学院歯学研究院「口腔から考える健康戦略」の確立と普及に向けて口腔から未病をコントロールする医科歯科協働による治療戦略
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