クイントオーラルインフォメーション2022
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07溝上:私はOBT研究センターに所属していて、ここ10年ほど肥満や糖尿病に着目した研究を続けてきましたが、近年は性差に注目した研究を行っています。性差に注目して研究をするうえで、キーワードに「ジェンダード・イノベーション(Gendered Innovations)」という言葉があります。ジェンダード・イノベーションとは「性差を考慮することによって新たなイノベーションを創出しよう」という考え方です。これまで動物や人の実験において、オス・男性を対象として研究が行われてきたという事実がありますが、メスは性周期によるホルモンバランスの変化が大きく、安定したデータが得られないためです。そのため、オス・男性のデータが一般化されてしまい、問題が生じることがあります。例えば、男性で得られたデータをもとに開発された薬が、女性では悪影響を及ぼすケースが確認されています。また、骨粗鬆症は女性に多い病気であると考えられているため、男性の骨粗鬆症患者が見逃されることもあります。このように、「ジェンダード・イノベーション」には、これまでの知識を再定義するという側面があります。 歯科においても、性差を考慮すべき疾患があります。例えば、ある種の歯周病細菌はエストロゲン(女性ホルモンの1つ)を好むため、閉経前、特に思春期や妊娠期は、女性のほうが歯周病が進行しやすくなります。また、女性は閉経を迎えると肥満や脂質異常症のリスクが高まり、おのずと歯周疾患に対するリスクも高くなります。歯周病と密接な関係があるとされるアルツハイマー型認知症にも男女差があり、罹患率や重症度は女性の方が高いです。「女性の方が寿命が長いのだから、認知症も多いだろう」という単純な話ではなく、同じ年齢で比較した際もアルツハイマー型認知症の罹患率が高いという事実があります(図8)。 歯科治療の現場でも、性差という視点をもって患者さんを診ることで、より効果的で個別性の高い治療・予防方針を立てることができるはずです。性差の視点は、質の高い歯科医療を提供するうえで今後大切な考え方になってくるかと思います。九州大学大学院歯学研究院附属OBT研究センター准教授 「口腔から考える健康戦略」を考えるうえで未病の阻止(予防)の考え方についてご提言いただきました。近年では、口腔の健康が全身の健康と密接な関係にあることがわかってきて、社会における歯科の重要性がさらに高まることは間違いないかと思います。 また、「ジェンダード・イノベーション」という斬新な概念についても、普及の次第によっては、医療提供のアプローチの仕方がガラッと変わる可能性を秘めているのではないでしょうか。これまで医科歯科問わず性差を考慮するという概念がほとんどなかったことから見過ごされていたわけですので、疾患のメカニズムにおける生物学的な性差が明らかになれば医療の発展に貢献すると思われます。歯科大学の学生の半分は女性というところからも、歯科から発信する「ジェンダード・イノベーション」の考え方の普及に期待が高まります。 (編集部)溝上顕子みぞかみ・あきこ参考文献1. 内田直樹,荻野洋一郎,鈴木宏樹.今こそ知りたい認知症と歯科.the Quintessence.2020;39(1):83-110.図8 男女別の認知症有病率(厚生労働省 認知症になっても希望を持って暮らせる社会へ「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」〔2013年5月報告〕より改変・作成)。女性64.2全体男性QUINT ORAL INFORMATIONクイント・オーラル・インフォメーション有病率(%)807060504030201065~69歳70~74歳75~79歳80~84歳85~89歳90歳+年齢1.61.51.524.022.411.010.43.83.63.49.671.848.544.335.642.420.0P R性差の考慮を歯科から投げかけるジェンダード・イノベーションとは「ジェンダード・イノベーション」の革新的な考え方に期待が高まる

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