2022年 歯科医療における感染制御スタンダード 巻頭特集119士なのだが、勤務を控えさせたほうがよいだろうか」といった声が寄せられていました。しかしそれぞれの診療所による感染予防策の地道な積み重ねによって、「そういえば、歯科はニュースにならない」「感染管理がされているんだな」と人々が気づきはじめ、そうした不安が払拭されていきました。 歯科側からすれば、「医科があんなにたいへんなんだから、歯科から感染者を出して迷惑をかけたらいけないよね」と努力してきた結果です。そして現在、「パンデミックの危機に対応している歯科」のポテンシャルは非常に注目されています。 考えてみれば、患者さんと向き合う際、以前からマスクやグローブをしていたのは歯科だけです。歯科では感染管理は当たり前。誰もが行っている通常業務ですが、今となってみるとこれはいろんな職種のお手本になる、非常に重要な社会貢献ではないか。 それからもうひとつ、「これはすごいなあ」と今回実感したのが、継続的な予防メインテナンスによる口腔健康管理の効果です。 受診を控える患者さんもおられましたし、待合室の3密を避けるため、あるいは防護具の不足のために、むしろ歯科側から予約の延期をお願いしたこともありました。本来3ヵ月ごとのメインテナンスが4ヵ月後になり、半年後になった患者さんも多かったと思います。 ところが、受診した頃にはさぞかし悪くなっているかと思えば、驚くほど変化はありませんでした。安定期治療によってよい状態を保っていたので、もちこたえることができたのです。ふだんの積み重ねがいざというときに活きる、その好例だと思います。 歯科の感染管理の努力が社会からの信頼を呼び込み、その頃には診療態勢も整った。それと同時に、患者さんのほうでは「メインテナンスをすると気持ちがいいから早く行きたい」と思ってくださっていました。自然発生的に歯科に患者さんが戻ってきたという印象です。口腔健康管理は人々の命に関わる 私はよく学生たちに、「口は健康の入口、病気の入口」という話をします。細菌やウイルスは口から入ってきます。「口の健康は全身の健康に関わっている」、だから「歯を削って治すのだけが歯科の仕事ではないよ」という意味を込めて伝えています。 歯科は口腔の健康を担う分野ですが、歯科界全体の究極の目標は、健康寿命の延伸ではないでしょうか。 折しも、医科との共同研究などにより、口腔感染症を引き起こす細菌が、糖尿病、心疾患、認知症、誤嚥性肺炎など、多くの全身疾患のリスクになっていることがつぎつぎと明らかになっています。 歯科には、歯だけを治療するという誤解されたイメージがありますが、目指すは「命と向き合い、国民のトータルな健康に心を砕く歯科医療」。本当の目的はここにあります。ふだんからの継続的な口腔健康管理で、患者さんの健康寿命の延伸に貢献できる。体だけでなく、朗らかな笑顔や会話にも重要で、メンタルヘルスにもいい。これほどトータルで意義のある社会貢献はないでしょう。 入口、出口というお話にからめてもうひとつ。最近は「コロナ対応の出口戦略」が言及されるようになってきました。世の中としては、トンネルの先に明るい光が見えているのかもしれない。しかし、つぎつぎ現れる変異種の脅威はこれからも続くでしょう。 また、現在のコロナ対応は、今後の新たなパンデミックにどう備えるか、その入口戦略だと私は思うのです。森林などがつぎつぎ開発され、また永久凍土が溶けていく現在、おそらく新たなウイルスによるパンデミックは再び起きるでしょう。この2年間で学んできた新たな習慣、新たな工夫をもとにして、より安全な医療環境をつくっていく必要があります。 2021年の11月に、日本歯科医師会から「新たな感染症を踏まえた歯科診療の指針」(第2版)が公開され、ワクチン接種後のブレイクスルー感染への対応や、一般診療所における感染管理のフローチャートなどが増補されています。 歯科医療従事者自身の感染予防は、患者さんを守ることにつながり、そのこと自体が感染拡大をくい止める社会貢献でもあります。正しい知識による新たな習慣、新たな工夫を加えて、歯科診療そのものが社会貢献であることを認識しつつ、口腔健康管理をさらに進めていきたいものです。(談)日本歯科大学附属病院口腔外科診療室
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