デンタルアドクロニクル 2024
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図1 患者が規格的な口腔内写真を撮影し(a)、歯科医師がその画像をもとに治療の進捗状況を確認する(b)。理が可能となる。 矯正装置としてのアライナーがもつ大きな特徴は、歯科医師が作成した治療計画を元に作製された一連のアライナーに、治療開始から終了までの歯の移動に必要な矯正力がすでに組み込まれていることである。これは定期的な来院で矯正力を加える必要のあるマルチブラケット治療と比較しても特質的で、治療開始後の定期的な来院の必要が基本的にはなく、アライナーの再作成が必要な場合における口腔内スキャンなど、必要時のみの来院で治療を進めることが可能である。 このアライナーの特徴を最大限に活かすDXツールが、遠隔モニタリングシステムであるといえよう。治療の進捗の確認と診断に欠かせない画像解析に、AIを実装していることもDX的特徴のひとつである。本システムには、患者から共有された口腔内写真に対してまずアプリケーションによってAI技術が駆使された画像診断が行われ、その後矯正歯科医による再確認が行われるというルーティンが組み込まれている。このAI技術の活用については、アライナーのオフトラッキング(計画どおりに歯の移動が進んでいない場合に生じる歯とアライナーのギャップ)、アタッチメントやボタン、フックの脱離、A-P関係の変化量など治療の進捗状況に合わせた対応を歯科医師自身がプロトコール化し、あらかじめAIに共有することで、AIが全患者の状況に合わせたスクリーニングを行ってくれる点も大きな特徴である。事前にプロトコールのつくり込みさえ的確に行っていれば、全患者の進捗状況を確認する必要がなく、AIによりトリアージされた患者のみをチェックアップすることで迅速かつ効率的に状況を把握し、結果としてすべての患者で安定した治療経過をたどることが可能となる。 この遠隔モニタリングシステムは患者と歯科医師の双方に時間的利益、臨床的利益を生み出す。時間的利益として、患者は定期的な来院から解放される。来院回数の大幅な削減は時間と労力の節約にもつながり、忙しい日々を送る現代人にとって大きな利益となる。歯科医師側にとっても同様で、最適化された来院回数は効率的な歯科医院の運営を実現する。 より重要なのが、臨床的利益である。患者にとって自ら口腔内写真を撮影し確認することは、治療プロセスへの積極的な関与を促す。患者の自己管理能力が高まることでコンプライアンスの向上が望め、治療結果の最適化に貢献すると同時に口腔健康管理に対する意識を向上する効果がある。歯科医師側にとっては、アライナーの交換ごとに口腔内写真を共有するという、来院による経過観察よりも圧倒的な頻度および情報量で治療経過と向き合うことが可能になる。来院頻度を大幅に減少させつつ観察頻度を増加させることで、治療の効率化と良質化を同時並行して向上することができる。 しかし、この遠隔モニタリングシステムは導入すれば済むものではない。治療経過においてオフトラッキングが頻発するようでは、結局来院が必要になり遠隔治療としての側面は成立しない。システムのメリットと良好な治療結果を成立させるためにはより高次元の予測実現性が求められるため、治療計画の質をさらにブラッシュアップし向上させる必要がある。このシステムを介したことで、自身の治療計画の精度をさらに一段階上げる機会にもなるという連鎖反応が起きた。筆者にとっては、そうした意味でも臨床的利益を得られたと感じる部分であった。 遠隔モニタリングシステムは、矯正歯科治療における経過管理の概念に新たな地平を開いたといえよう。治療システムの革新にとどまらず、患者と歯科医師の関係性、今後の矯正歯科治療の発展に影響を与えることが期待される。しかしながら、遠隔モニタリングシステムは経過観察を行う単なるツールでしかないという側面にも目を向けなくてならない。経過観察の質がどれほど向上しても、適切な診断と治療計画が基盤になければ意味がない。 技術革新の波により劇的な変化を遂げている矯正歯科治療においても心臓部である診断、そこから生まれる最適化された治療計画の重要性は、今も昔も不変であるといえよう。15ポストコロナ時代に向けて、これからの口腔健康管理  巻頭特集1ab患者と歯科医師双方にもたらされる利益と良質な治療結果矯正歯科のDX化が進んでも不変なもの

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